令和7年 高33回同期会(春燦々会)開催報告

[ 寄稿者:春燦々会同期会 幹事 中澤 剛 氏 ]

令和7年11月23日(日)、さいたま共済会館において、恩師の岩崎昌蔵先生、戸井田哲先生のご臨席の下、高33回同期会(春燦々会)が盛大に開催されました。

八木崎の校舎を巣立って早45年、還暦を過ぎ白髪も目立つようになった66名が集い、今回、幹事長として企画から総合司会まで奮闘してくれた中村優夫君のおかげで充実した同窓会となりました。今回、記録担当の私、中澤も7年前に陸上自衛隊を定年退官し、企業人としての第2の人生を送っていますが、62~63歳になった私たちは、定年という人生の結節だけでなく、健康、介護、相続、年金支給という共通の課題を抱えています。

今回は幹事長の卓越した企画で、こうした課題に同期生の力を結集して立ち向かうべく、第一部パネルディスカッション、第二部懇親会の2部構成の同期会となりました。

《第一部 パネルディスカッション》

第一部は、前段「健康寿命を延ばすために」と後段「まだ間に合うお金の話」という2つのテーマで、同期のスペシャリストから話を聴くという春高同窓会ならではの贅沢企画です。

まず、前段は、JR東海に勤務しつつ子供の夢をかなえる「夢みるこども基金」の理事長もつとめる中原君の司会の下、内科医の山口君、歯科医の古木君、血液内科医の北詰君の3名のパネルディスカッションで、「今、気をつけなければならない健康のコツ」を伝授してもらいました。春高同窓生の皆様に、3人の同期の「先生」から教えてもらったコツを簡単に紹介すると、

  • 第一に、かかりつけ医を持ち、運動不足と飲み過ぎを避け、人間ドックでがん検診
  • 第二に、歯周病にならないよう歯茎からの出血に気をつけ、出血したらすぐ歯科受診
  • 第三に、認知症に効果の高い薬ができたので高額医療制度も活用しつつ初期段階で利用

ということです。

続いて後段は年金・相続・介護を主題に、さいたま市立大宮北高校校長の関田君のリードの下、社会保険労務士の土屋君、公認会計士の柳澤君、社会福祉協議会の成田君のパネルディスカッション。まさに今、私たちの年代が直面する課題について語ってもらいました。

ここでも、大事なポイントを紹介すると、

  • 年金:令和8年4月から在職老齢年金の限度額が62万円に引き上げられるので、給料月額と受給年金月額の合計が62万円までなら年金は減額されない。また、年金の繰下げ受給は1年ごとに8.4%増額となり有利。
  • 相続:基礎控除は3000万+600万×相続人数が原則。すなわち、財産が1億あっても妻と子供二人が相続人なら、1億円の課税対象は5200万円に対してのみ。妻が2600万、子供が1300万ずつ相続すれば、子が払うべき相続税は150万円程度。ただし、相続税は現金納付なので、生命保険で現金を確保しておくとよい。また、遺言は、公証人役場で簡単にできるので、公正証書遺言を作っておくとよい。
  • 介護:老親の介護が困難になってきたら、地域包括支援センターに相談。調査員の調査と主治医の意見書により、介護度が認定される。ただし、特別養護老人ホームに入れるのは、現実的には一番重い介護度5と介護度4くらいから。

実際には、もっと具体的で実践的なことをたくさん教えてもらったのですが、紙面の関係でここではさわりだけの紹介にとどめます。詳しく知りたい方は土屋君のご著書「定年前後の知らなきゃ損する手続きマル得ガイドブック」をご覧ください。

もちろん、私も即ポチで購入しました。


《第二部 懇親会》

懇親会参加の皆さま

懇親会参加の皆さま

2時間ではもったいないと思うほど充実したパネルディスカッション終了後、いよいよ、第二部懇親会の開催です。

春日部女子高校参与の高岡君の司会進行の下、まずは、同期の音楽家、立原君が作曲してくれた「春燦々会の歌」の斉唱。その後、物故者に黙祷を捧げました。驚いたのは、お若かった数学の国谷先生が鬼籍に入られたことでした。故国谷先生と、逝去した同期生に哀悼の誠を捧げ、全員でご冥福をお祈りしました。

次いで、岩崎先生、戸井田先生のご挨拶。岩崎先生は、85歳になられたにもかかわらず、岩昌節は衰えを知らぬどころかますます冴え渡り、笑いの中にも温かいエールをいただき一同感激しました。戸井田先生は、ご誠実な人柄そのもののスピーチをされ、同じ話し方で45年前に柔道場で受け身の稽古からご指導いただいたことを思い出しました。今回は、急遽、体調不良で田中靖男先生にご来場いただけず残念でしたが、早いご快癒を祈っております。

いよいよ乾杯です。「わるざわ」こと現役銀行員の阿久沢君が乾杯の音頭を取り、懇親会は賑やかに始まりました。1時間少したった後、クラスごとに登壇し一人一分の約束で、参加者からの近況報告がありました。

第一部でパネリストをつとめてくれた医師や歯科医、公認会計士などの同期生の他に、現役のパイロット、高校の校長、経営者、銀行員、音楽家、60歳を過ぎても市役所や県庁で勤務するものなど、さすが春高同窓生だけあって多士多才でした。その中でも、私はあえて一人の同期を紹介したいと思います。埼玉県庁で、農業振興、土木など様々な分野で活躍された矢島君です。彼は埼玉県庁に勤務していた数年前、県庁の敷地内で交通事故に遭い、現在、車椅子に乗っています。それでも、当日は自ら車を運転し、同期会に駆けつけてくれました。困難に遭っても負けずくじけずに前に進む彼の姿に、春日部高校OBとしての誇りを忘れず、謙虚に責任のある人生を歩んできた重みを感じました。矢島君だけでなく、同期生一人一人は、次々に、皆それぞれ、春日部高校OBとしての誇りの下、責任のある人生を過ごし、社会に貢献してきた、あるいは今でも貢献し続けている、そんな話を披露してくれました。

一人一人のスピーチが始まる前には、司会からも「皆さん、会話に夢中であまり聞いてないかもしれませんが」などというふりもありましたが、話が始まるとみな、それぞれの人生の歩みに聞き入り、共感し、この仲間達と共に学べた喜びとご指導いただいた先生方への感謝に包まれました。一人一人の人生は、まさに校歌のごとく、忍耐剛毅を剣とし、誠実質素を盾に、苦労しながら人生の荒波を乗り越えてきたものでした。私たちの人生は、「細き流れを集め」くるように周囲と協力して、「大河」とし、「滔々と波をあぐ」世の中に作るものだったのだと、そのために八木崎の学び舎で朋友とともに学び、その基礎を築いてきたのだと言えば言い過ぎでしょうか?しかし、私は一人一人の同期生の話から、そのように感じました。仲間もまた同様に感じていたので一人一人の話に聞き入っていたのだと思います。しかし、当初、一人一分のはずだった持ち時間の約束は、早々に破られ、66名の参加者全員が語り終わったのは、なんと、乾杯から2時間半後、飲み放題の時間終了から1時間後でした。

次回の再会を約し、応援指導部の卯田君、鷲塚君のリードにより、肩を組んで応援歌「秩父の峰」を歌ったのに引き続き、いよいよお待ちかねの「春日部高等学校校歌」。同期生達の人生の歩みを歌詞に重ね、17歳の時に歌った時よりもずっと深い意味を歌詞に感じながら、大声でスライをし、大声で斉唱しました。

次回の幹事長である成田君が、閉会の挨拶を行い、終了したのは、第一部から計算して約5時間半の午後8時半。高33期「春燦々会」にふさわしい、素晴らしい同期会になりました。


最後に我々の誇る「春燦々会の歌」を紹介して、この文章を終わりたいと思います。
この歌は人生の四季が織り込まれており、今の私たちはちょうど3番、秋の時期を迎え成熟した人生を謳歌しています。これからも同期生の絆を固くし、まだまだ来る人生の波を乗り越えて生きたいと思っています。

「春燦々会の歌」

作詞 春燦々会 / 作曲 立原 勇

一 春の風に誘われ 集いし我ら八木崎へ 切磋琢磨の年月を称え睦みし男等と
共に歌わんあの歌を 共に歌わん ああ春高 春燦々会
二 大河大波乗り超え 忍耐剛毅胸に秘め 誠実質素我が道を 迷わず進めや男意気
胸に浮かぶはあの歌よ 胸に浮かぶは ああ春高 春燦々会
三 秋霜烈日乗り越え 実りし我等男伊達 重ねし友誼笑顔に堪え 共に語らん人生を
夢に忘れぬあの歌を 夢に忘れぬ ああ春高 ああ春燦々会
四 我が心の故郷 校舎漢の城ぞ 瞳閉じれば今もなお 浮かぶは我が師我が朋友よ
永遠に称えんあの歌を 永遠に称えん ああ春高 春燦々会

*参考ページ
「春燦々会」の歌をレコーディングいたしました。ぜひ、お聴きください。

以上

追記)今回は欠席だった皆川君の経営するレストランからのケータリングの料理は一流で、特にマグロとアボガドのカルパッチョは絶品でした。