春高同窓生の人生を賭けた軌跡 〜 整形外科医・矢倉幸久さん(34回)を紹介させていただきます〜

[ 寄稿者:春高ヨーロッパ倶楽部 広報担当 加藤 晃 氏(高34回) ]

春高同窓生の人生を賭けた軌跡
整形外科医・矢倉幸久さん(34回)を紹介させていただきます

「戦地で傷ついた子どもたちを一人でも多く救いたい」
「子どもたちに罪は無い・子どもたちの可能性を失わせない」

そんな気持ちからドイツ・国際平和村でのボランティア救助活動を続けてきた同窓生が居ます。34回矢倉さんは北海道・富良野で整形外科医として働きながら、2007年から自費でドイツに渡航して救助活動を続けています。2011年からは年に4回援助飛行の日程に合わせてドイツに滞在しています。

活動はドイツだけでなくアンゴラ・アフガニスタン・ウズベキスタン・タジキスタン・キルギスなどの国々への救助にも向かわれています。ドイツの日本人学校での講師もしています。また日本では子どもたちにサッカーを教えたり、公式戦の審判も行う活動的な日々を過ごされています。

オンライン講演会の紹介

命をつなぐ、希望を紡ぐ — 矢倉医師が見つめた平和村、50回の渡航と19年の軌跡

まずは、締め切り間近の情報なので最初にオンライン講演の紹介をさせていただきます。
来る1月14日(水)20:00(日本時間)ドイツ国際平和村が主催するオンライン講演に特別ゲストとして矢倉さんが参加されます。

「命をつなぐ、希望を紡ぐ — 医師が見つめた平和村、50回の渡航と19年の軌跡
 ~2025年ドイツ国際平和村活動報告 & 矢倉幸久医師 特別講演会~」

オンラインZOOMで行われ、参加費用は無料です。
詳細はこちらです。申し込み締め切り1月11日。締め切り間近ですのでご注意下さい。

https://japan.friedensdorf.de/2026/01/02/dryaguravortrag/

ドイツの多くのメディアにも登場

矢倉さんのドイツ国際平和村での救助活動での訪問が50回となり、ドイツでインタビューを受けテレビや記事で取り上げられています。ドイツ語ですが見出しには以下のように書かれています。

「この世界には矢倉幸久医師のような人がもっと必要です!
2007年から、この整形外科医は日本から平和村へ定期的に足を運んでいます。自発的に、余暇を利用して、自費で。今年で50回目。子どもたちの到着時や診察、治療計画の立案に同行し、経験と落ち着き、責任感をもたらしています。この継続的な献身は、多くの子どもたちに新たな展望を開いています。」

矢倉さんのインタビュー記事

ドイツ・国際平和村のホームページでは矢倉さんについて以下のように書かれています。

「矢倉幸久医師は、2007年以降、定期的にドイツ国際平和村を訪れています。今回の訪問で、50回目の活動となりました。彼は治療のために渡独する子どもたちの到着、診察に立ち会います。彼の整形外科医としての経験がドイツ国際平和村の活動を支え、その強い責任感で子どもたちと向き合っています。」

ここにドイツ平和村のホームページにあるインタビューをまとめた記事を掲載します。

https://friedensdorf.de/dr-yukihisha-yagura-50-einsaetze-voller-herz/

この記事の原文はドイツ語のため、日本語訳を付けておきます。
(あまり良い訳でなかったらごめんなさい)

2025年12月15日
矢倉幸久医師 – ハートフルな50回のミッション

旅は願いから始まることもあります。矢倉幸久医師にとって、それは子どもたちを助けたいという願いでした。

この日本人医師は母国で整形外科を学びました。この分野は高齢者の病気を扱うことが多かったのです。しかし、矢倉医師は早くから、別の考えが彼を突き動かすのを止められないと感じていました。彼の専門的関心は常に子どもたちに向けられていました。病気、怪我、あるいは戦争によって、あまりにも早く身体に傷を負ってしまった子どもたち。医療支援は、癒しだけでなく、尊厳、移動能力、そして自信に満ちた人生を送る機会をも意味する子どもたち。

当時、彼は平和村の存在を既に知っていました。この団体の活動は日本において長年にわたり広く知られ、高く評価されてきました。2006年のFIFAワールドカップ開催中にドイツを訪れた際、矢倉医師はエッセンに滞在し、近隣のオーバーハウゼンにある平和村を個人的に訪れました。日本支部のエルヴィグ妙子さんが村を案内し、子どもたちを訪ね、医療活動、そして母国の病院におけるしばしば困難な状況について説明しました。

この旅は彼の心に残り、
決心となり、自分自身への信念となった。

矢倉医師は2007年からこの信念を守り続けている。それ以来、少なくとも年に2回、彼は自費と自由時間を使ってドイツへ赴き、アンゴラとアフガニスタンの子どもたちに医療を提供している。それぞれのミッションは約10日間続く。それは緊張感に満ち、肉体的にも過酷で、そして感情的にも揺さぶられる10日間。専門知識が人間性へと昇華される10日間。

矢倉医師は特に、子どもたちが到着する時に寄り添う。疲れ果て、戸惑いながらも、しばしば長く辛い旅を経て平和村に到着する子どもたちにとって、彼の穏やかで集中力のある態度は心の支えとなる。彼は最初の診察に付き添い、整形外科的評価を準備し、医師と治療計画を調整し、包帯交換にも立ち会う。彼の仕事の中で特に力を入れているのは骨感染症の治療だ。これは経験、忍耐、そして明確な視点が求められる繊細な分野である。

しかし、矢倉医師を突き動かすのは、医療的な正確さだけではない。すべての子どもには生きる権利があるという信念なのだ。遊ぶこと。走ること。他の子どもたちと平等に成​​長すること。ここで彼は人生の夢、子どもたちのための整形外科医療、そして仕事を通して人々の人生を変える機会を実現しています。

運動とコミュニティへの愛は、医療だけにとどまりません。矢倉医師は今もなお熱烈なサッカーファンです。ドイツにいるときは、ボルシア・ドルトムント、シャルケ04、ロート=ヴァイス・オーバーハウゼンの試合観戦を楽しんでいます。日本では、自ら審判を務めることもあります。

長年にわたり、彼の心を最も深く揺さぶってきたものは、ひとつひとつの瞬間を捉えることが難しい何かです。それは子どもたち自身です。彼らの生きる強さ。家族との絆。極度の貧困と困難な生活環境にもかかわらず、母国で築かれた連帯感。こうした出会いが彼の世界観を変え、そして幾度となく決意を強めてきました。

矢倉医師は、平和村のような組織がもはや必要とされない世界を切望しています。しかし、現実は違います。新たな危機や紛争地帯が次々と出現し、医療支援の必要性は絶えず高まっています。

今年は、矢倉医師が平和村でボランティア活動を行う50回目の年でした。50回も自分の時間を捧げ、50回も責任を担い、50回も希望を分かち合いました。多くの人々に変化をもたらし、そして彼は常に自分自身に忠実であり続けました。冷静沈着で、常に集中力を持ち、支え、希望を与える人であり続けたのです。


矢倉さんが活躍するドイツ国際平和村のWEBサイトには日本語版ページもあります。
ぜひご覧ください。
https://japan.friedensdorf.de/

ドキュメンタリー映像

次はドイツのテレビでドキュメンタリーとして放送されたものを紹介します。

ドイツ語で約30分ですが、その中に矢倉さんの姿も何回か見えます。ご興味ある方はご覧になって下さい。身体の不自由な子どもたちが一生懸命に身体を動かし、みんなと協力して勉強したり遊んだりする姿は言葉が分からなくとも感動します。


最後に

私たちも矢倉さんのように信念を持って力強く生きていきたいものですね。

なお、2026年春高ヨーロッパ倶楽部総会は、6月13日ドイツ・デュッセルドルフで開催予定です。

矢倉さんは平和村へのボランティア渡航のスケジュール(5月)とは別に、春高ヨーロッパ倶楽部へ参加するために再度ドイツへ渡航される予定です。矢倉さんと一緒にみんなで校歌を歌いましょう。

■ 6月13日開催の春高ヨーロッパ倶楽部総会の詳細はこちら

「春高ヨーロッパ倶楽部」2026年総会のお知らせ
 ドイツ・デュッセルドルフで校歌を歌いましょう