法曹・法務
弁護士
1990年卒業 高42回
せきね りょうた 関根 良太
住所 東京都文京区
春高に行って良かったこと
私は春日部市出身でしたので、近所の高校ということで、春高に入学することは自然の流れでした。春高は、とにかく自由で平和でした。校則もほとんどありませんでしたが、皆自律していて、他人に言われなくても、それぞれ目標に向かい、部活や勉強や趣味や遊びに熱心に取り組んでいました。男子校ですので、周りの目を気にすることもありません。このような春高の自由かつ学生の自律を尊重する校風は、学生の自主独立性、自ら考えて行動する力、他人の目を過度に気にすることなく自らの信念に従って行動する気質を養い、また、学生が伸び伸びと成長する環境を提供しているのではないかと思います。大学や就職先の決断もその一つですが、春高卒業後、私もいろいろな場面で、いろいろな選択を迫られる状況に遭遇し、一見無謀ともいえる選択をしたことも多々ありましたが、それも先に述べた春高の校風やそのなかで育まれた気質の影響を大きく受けたものだと思います。
最後に、1年半前から東京春高会という会に参加していますが、大先輩の台湾視察に同行したり、セミナーの講師を担当させて頂くなど、卒業後約20年を経た今も、春高の絆がますます深まっています。
自己紹介
早稲田大学法学部を卒業し、当時はバブル崩壊後で就職氷河期だったからというわけではないのですが、弁護士になりました。司法修習時代は、初めて関東圏外の沖縄で約1年半を過ごすという貴重な機会を得ました。私の知る狭い常識などとは異なる文化に触れ、大いに影響を受けました。弁護士になり4年半ほどして米国ノースキャロライナ州のダーラムという田舎町にあるデューク大学ロースクールに留学、卒業後、ニューヨーク州の弁護士資格を取得し、ロサンゼルスのローファームで研鑽を積みました。その間、中国上海での勤務も経験し、多様な文化や仕事のやり方に触れる貴重な経験となりました。2006年に帰国し、現在は、米国のローファームと提携する法律事務所で弁護士をしています。主にM&Aなどの企業法務に携わっています。国境の垣根が低くなった今、日本国内だけでなく、クロスボーダーの案件に携わる機会も多く、刺激的な毎日を楽しんでいます(苦しいことも多いです)。沖縄でダイビングにはまっていたときに珊瑚の白化現象を目の当たりにしてから、環境に関心をもつようになり、環境問題(環境法務)にも力を入れて取り組んでいます。