中田雅敏(16回)、河合章男(秋尾敏21回)、伊藤文生(27回)、小澤正美(29回)、吉川雅幸(46回)、泊太郎(59回)さんからご著書をいただきました

中田水光著「羽化と変身」

中田水光著「羽化と変身」

「羽化と変身」
中田水光(中田雅敏・高16回卒)著

文學の森

ー蝉は羽化ひとは変身するならひー
<あとがきから>降り返れば十指に足らぬほどの職場を経験した。今年で教員としての生涯も五十年目を迎えた。
俳句に関わって四十年、多くの方々から大恩ご恩をいただいて今日まですごせたのであった。

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中田雅敏さん(高16回)、中里卓治さん(高18回)からご著書を寄贈していただきました

忘れられた作家・忘れられない作品(新典者)
中田雅敏・高16回卒

中田雅敏 著

中田雅敏 著

<あとがきから>
ごく平凡な日本人といえる私も文章というもの、書くということに興味を持って生きてきた。サラリーマンや商店主、主婦やご隠居などがお書きになられる文章には立派なものを目にする。たとえば新聞の投稿欄の意見や提案、或いは日常生活の時々の思いを述べられた文章に感銘を受けることが度々ある。それは実際に生活する目で物を見、自分の感情の動きを率直に述べられているからであろう。
同様に私も文学作品を語ったり、思いを述べたりしてきた。その中で世にすっかり忘れられた作家もいるが、作品が心に残って忘れられない作がある。中でもいま一度多くの方に読み直してて欲しい作家や作品がある。そういう思いで書いた拙文をいとおしく思うようになってきた。それを全く忘れてしまわない中にまとめて記しておきたいと思い、出版に至った。 続きを読む

粕中三友会、渡辺健芳さん、福田智弘さん、井上英治さんからご著書を寄贈していただきました

三友会回顧録(粕中45回・46回・47回生の三友会)

当時を伝える写真満載

当時を伝える写真満載

(文中から)
私達は、昭和17年4月埼玉県立粕壁中学校に入学しましたが、先の大戦により激動の中学生時代を過ごすことになりました。この頃の生活は、残存していた当時の貴重な資料、写真などから、その一端が明らかになり、また寄稿された諸兄の記事からもかなり鮮明になってきたと思います。私達は終戦翌年の昭和21年3月埼玉県立粕壁中学校第45回卒業生となり、翌年が46回、更に昭和23年が第47回と卒業年度が3ヶ年にわたることになりました。
今回、新井君が中心となり、私達の中学時代、三友会の会合など70年間の膨大な資料、写真を整理してくれました。私達の生きた証とし記憶にとどめたいものです。


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武井博さん(高7回卒)からご著書をいただきました

泣くのはいやだ、笑っちゃお

泣くのはいやだ、笑っちゃお

「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」
ー「ひょうたん島」航海記ー

井上ひさし、山元護久、宇野誠一郎、藤村有弘、中山千夏など、若き才能が作り上げた伝説の人形劇「ひょっこりひょうたん島」。その航跡を元NHK担当ディレクターであった武井博さんが書き下ろしています。あの番組が作られ、放送された歴史を内側から綴った興味深いご著書です。

<武井 博さんの経歴>
春高7回卒、早稲田大学文学部卒。59年にNHKに入局。ディレクターとして子ども向け番組の企画制作に携わる。「ものしり博士」に続いて、1964年の放送開始から69年の番組終了まで「ひょっこりひょうたん島」の企画・演出を手がける。その後、多数の番組の企画演出を担当する。現在は、「横浜カルバリー・チャペル」の名誉牧師を務める。座間市在住。

関口安義さん(高6回卒)からご著書をご寄贈いただきました

続賢治童話を読む

続賢治童話を読む

宮沢賢治は、その生涯に130編ほどの童話を書き残している。多くは未発表で終わった。しかも中絶、もしくは未完成と思われるものが大半である。
しかし、たとえ中絶したものでもあっても、、読み手を刺激してやまないものが、そのテクストには見出せる。
前著では生前刊行された唯一の童話集「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」収録の九作品や、「岩手毎日新聞」や雑誌「児童文学」に載ったテクストをはじめ32編を採りあげ論じた。
今回は「銀河鉄道の夜」を中心に、そこに至る賢治の作品群24編(生前すべて未発表)を対象とした。待望の続編の誕生です。

<関口安義さんの経歴>
春高6回卒、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。都留文科大学、文教大学教授を経て、現在、文芸評論家・都留文科大学名誉教授。