元プロ野球選手

1970年卒業   高22回

きのした とみお 木下 富雄 野球部OB

住所 広島市西区

春高に行って良かったこと

中学時代から、県下でNo. 1は春高と聞いていた。トップは浦高かもしれないが、総合力では春高。頭がキレる、応用がキク、いい意味で遊び心がある。入学してすぐわかった。人としてすぐれた人間が多い。優しさと競争心、これは同居しないかもしれないが、皆何かを求めている。卒業してわかった事だが、広島にいても埼玉県の春高と胸張って言える。あの春高と言ってもらえる。うれしいね。いい仲間、個性豊かな優秀な先生方、みんな人間味があふれている。そんな中で育ったらいい社会人になれる。卒業生は皆思う。春高で良かったと。

自己紹介

中三の時、一時はあきらめかけていた春高に再チャレンジ、部活終了の夏から猛勉強、秋には学校で3位まで、これならいけるかも。春高に入るといい出会いがあった。田中親良先生、そしていい先輩、仲間。あっという間の三年間、受験失敗、商社マンになりたい私の夢むざんに散る。結局受かったのは駒大、田中先生に野球をやったらと背中を押され、大学の野球部へ。遅れて入った為、実技テストで快音連発即一軍、4年間いい仲間にも恵まれ、大学で日本一にもなれた。卒業後ドラフト、一番きらいな広島より一位指名、感激? 広島では6度の優勝、3度の日本一、やはりいい仲間に恵まれた。60歳まで野球界にたずさわれた幸せな野球人生。現在、野球指導、講演、イベント出演、そして二人の息子が別々に営む飲食店の手伝い経営。死ぬまで働かされそう。