学界

元京都女子大学教授

1970年卒業   高22回

おおの しゅうさく 大野 修作

住所 兵庫県加古郡

春高に行って良かったこと

春高は公立でありながら男子校であることは、よいことです(現在私は西日本に住んでいますが、そこでは公立の男子校は基本的に存在しません)。というのも高校生くらいの時代は、大学の教養課程時代も含めて、自分自身に沈潜すべきときであり、男子校であると言うことは、女子に気を遣うことがなく、自分が何者であるかを思い切り考えることが出来ると言うことです。春高の卒業生を見ると、わりと卒業後に伸びている、才能を開花させていると思われますが、男子校でつまらぬ規制がなく、自由闊達にものがいえて思考できたからではないかと思われます。
思い出されるのは、毎年行われる一万メートル競走です。当時は三学年1500人が一斉に走るわけですが、私のように運動部所属でない者が100番以内に入ることは至難の業でした。途中まで100番以内にいるのですが、大体110番から120番で終えるので、一度も表彰された(当時は記念品が貰えた)事がありません。運動部で鍛えている人にはかなわないと思わせてくれる場で、「文武両道」「質実剛健」が活きている高校でした。

自己紹介

1951年4月八潮市(当時は南埼玉郡八潮村)生まれ。春日部高校卒業のあと、京都大学文学部に入学、同大学院博士課程を修了。専攻は中国文学。大学院修了後は鹿児島大学教養学部助教授、京都女子大学文学部教授などを歴任のあと、現在は近畿漢詩連盟会長、書法漢学研究主幹。主に日本語のルーツである漢語、書法を研究の対象にしていましたが、最近最も力を入れているのは漢詩で作詩すること。戦後の対米追随の文化は漢語に対する感性と日本語の語彙力を衰退させましたが、それを回復することが日本語を豊かにし、漢詩による作詩が効果的と訴えています。