会計・税務

税理士

1975年卒業   高27回

つつみ ゆうじ 堤 裕司

住所 大阪府堺市

春高に行って良かったこと

春高では「帰宅部」で、強いて言うなら「野球部応援同好会」といったところでしょうか。同級生H君の部活に打ち込む姿が好きで野球部の公式試合はもちろん練習試合も野球部に同行してよく応援に行っていました。「春高に行ってよかったこと」はなんと言っても「人のつながり」です。OB同士「春高出身です」で、信用してもらえてしまうことです。
私がこれまでお会いした春高OBの方々は皆さん、真面目で人間として素晴らしい方ばかりでした。関西でご活躍されているOBも多く、桃山学院大学で学長をされていた明石吉三様や京都ホテルオークラで総支配人をされていた清原當博様(現ホテルオークラ東京社長)、清水建設大阪支店長をされていた吉住英一様などの著名な方々にお電話ができ心安くお話しさせていただけるのも春高OBの特権です。
今では、今井同窓会会長をはじめ、多くの諸先輩方からも、私のような者を可愛がっていただいているのですが、これも春高出身という「つながり」がなせる業です。さらに、関西の同窓会支部である関西春高会に毎年ご出席いただくOB諸氏も、皆さん、真面目で礼儀正しく、春高出身であることを誇れる瞬間です。私も、「春高出身」という誇りと責任を忘れずに、「誠実質素」を後輩たちに引き継いでいきたいと思っています。(「忍耐剛毅」は他の方にお任せします。)

自己紹介

1956年北海道・函館に生まれてから13ヶ所の引っ越しを経て、現在、大阪府堺市の小さなマンションに妻、娘、犬一匹と住んでいます。
中3の時に転校したこともあり、よくわからず担任の先生から勧められるままに気楽な気持ちで春高に。しかし、入ってみてそのレベルの高さに驚き、卒業する頃にはクラスで40番台という体たらく。結局、2浪の後にようやく成蹊大学に進学しました。
大学時代は同級生のT君(現在、公認会計士)の真似して公認会計士を目指しましたが、所詮、彼ほどの頭脳も根性もなくあえなく断念し、当時流行りのコンピュータが面白そうという安易な発想で富士通のSE会社に就職し、銀行担当のSEを10数年やりました。その後、退職して、あれやこれやしているうちに税理士になってしまいました。
その後は、大阪府商工会連合会の派遣専門家として大阪府下16商工会の会員事業者の支援、ISMSやプライバシーマークの審査員を経て情報セキュリティのコンサルティング、経産省の助成金制度の採択審査員、農協の顧問として相続対策の支援等々、他人から勧められるがままにいろいろなモノに手を出して現在に至っています。そんな私ではありますが、今後も少しでも弱者のお役に立てるようなお仕事を続けていきたいと思っています。